彩花の騎士
ストーリー 04

山を切り開いて作られた彩花街の中でも、
とりわけ北部の、私立三枝女学園の一帯は坂が多い。

山の地形をそのまま生かし
斜面に合わせるように、住宅が建ち並んでいる。


そのため、自転車通学のコウにとっては
登校時こそ上り坂の連続で苦労するものの、

下校時はほぼ下るだけの快適な家路である。






――――――――自転車で坂を下ること、ものの数分。



ここは寮・・というわけではないが、
三枝女学園が一人暮らしの学生に格安で貸し出しているアパートの一つ。

2階建てで、中央に入口と階段が・・
その階段を境に左右に3部屋ずつ、計12部屋からなる
シンプルながらとても清潔感のあるアパートだ。




―――2階の右端から2番目の部屋、ここがコウの部屋である。



 コウ「〜♪」

帰宅したコウは、
何かのCMで流れていた、妙に耳に残るリズムとフレーズを口ずさみながら
手洗いと、部屋着への着替えを済ませ・・・

『ランチパック』にお湯を入れる。



ランチパックとは・・・(具を挟んだパン・・の事ではない)。
この世界での、「インスタント弁当」の総称だ。

適量のお湯を入れて、しばらく待つだけで
レンジでチンした「コンビニ弁当レベル」のものが出来上がる・・

とても便利な代物で、長期保存、持ち運びのし易さから、
一人暮らしの者はもちろん、アウトドアや戦地での野外食などにも重宝される
ポピュラーな食事の一つである。







・・・少し遅い昼食をとり終え・・・。







――――――――――――







日もすっかり落ち、夕方から夜に変わりつつある時間帯。


カーテンを閉めようとすると、外に下校中の女生徒達を見つける・・・。

 コウ(・・・・・みんなもぉ帰ったかな・・・?)



楽しそうに談笑する女生徒達を見ていると
ふと、充実した日中の事を思い出す・・・

と同時に、無性に寂しい感覚を覚えた・・・・・。



それは部屋に一人でいる・・という寂しさとは少し違う。

何かしらの活動を終えて帰って来たであろう、
今見える女生徒達に、スミやタエコ、ヨシコを重ね合わせると・・

これといった用事もなくただ家にいる自分と、彼女達との明らかな違い・・
“自分の知らない1年間と、それに続く今”を実感させられ
どこか置いて行かれたような・・そんな寂しさだ。





―――――ピンポーン・・・コンコン・・


ついボーっとしていたところに、チャイムとノックが鳴り

ハッとしたコウは、閉めかけのカーテンを閉め
手際よく部屋の電気を点け、玄関へ向う。


 コウ「ハ〜イ・・・あ!」
 ???「お、いるね」

訪ねて来たのは、ソバージュ髪の女生徒。


彼女の名は『秋津 シイナ』。
コウの部屋のお隣さんで、3年生の先輩だ。


昨日ここへ引っ越して来た時に、
“挨拶をした程度”の間柄でしかないこの先輩の訪問に
コウは少なからず嬉しかった・・・

もちろんそれには、先程感じた寂しさに、
まるで合わせたようなタイミングの良さもあったのだが・・

コウは彼女に対して、
明るく取っ付きやすい・・という第一印象を持っており
隣人という事も合わせて、お近付きになりたいと思っていたからだ。


 コウ「どうしたんですか?、シーナ先輩」
 シイナ「もぉ夕飯の仕度とかした?」
 コウ「いえ、まだですけど・・・・・?」
 シイナ「じゃ良かった。
     みんなで夕飯食べようと思ってさ、
     新人さんの歓迎会・・って程じゃないんだけど」
 コウ「・・あ!、是非!」
 シイナ「OっK、じゃあ7時に1階の玄関に集合ね」
 コウ「玄関・・ですか?」
 シイナ「そ、夜の花見会も兼ねて、近所の公園で」
 コウ「!?」

思わず目が輝くコウ。

今まで花見といったら、日中に・・それも家族や親戚と
・・ぐらいの認識しかなかった彼女にとって
“夜の花見会”という言葉は、とても新鮮で魅力的なものだった。

何より、塾や部活ではない“花見”という娯楽のために
親の同意もなく夜出歩く・・というのは
背伸びをしたくなる年頃の娘にとって、
好奇心を刺激するには十分過ぎるものであり

まして、コウのような
いわゆる“普通”に分類される少女にとっては、それは尚の事である・・・。


 シイナ「――あぁ〜それと、夜は肌寒いから軽く羽織っといでよ」







――――――――――――







―――夜、7時10分頃。

ベンチが2つ、気休め程度の小さな滑り台と鉄棒・・
住宅に隣接した、近所の小さな公園。


 3年生「みんな分かってると思うけど、あんまり大きな声出さないでね」
 シイナ「そうそう、苦情出たら
     学校から即ペナルティー受けるわよw」

先輩勢のその言葉から、
過去に何かしらの事をしでかしたのだろう・・というのが覗え
コウと1年生達は苦笑いでその注意に答えた。



しかしながら、「花見会」というだけの事はあり
なかなかに立派な満開の桜が一本、公園の端に植えられている。

そしてその木の直ぐ後ろに、薄汚れた街灯が立っているのだが・・
この薄汚れ具合が絶妙で、どこかレトロで幻想的な光が
夜桜を妖艶に照らしていた・・・。





―――――




レジャーシートを3枚広げ、
持ち寄った夕食を、それぞれ好きなように小皿に取り分け
花見会が始まった・・・・・。






――――――――





コウのイメージしていた通り、シイナはとても話しやすい先輩だった・・。

彼女は、他の3年生の先輩曰く「全方位マニア」と称されるほど
色々な物に興味を持ち、熱中する性質のため

話題には事欠かず、その博識ぶりと
ストレートでノリの良い性格は
1年生はもちろん、既に見知った2、3年生をも
自身の世界に引き込んでいった・・・・・。


そして何よりコウを驚かせたのは、
彼女が『騎士様』の一人である・・という事なのだが・・・

あえてここではその時のリアクションはカットさせていただく。
学校で散々見たので・・・・・。









―――花見会もピークを過ぎだした頃・・・。


シイナの話に夢中になっていたコウだったが
場の空気が一段落した事で、程よい冷静さを取り戻す・・・。


そこに、1人の生徒が飲物がなくなった事を皆に告げると
ジャンケンで負けた2名が、近くの自販機に買い出しに行く・・という流れになった。




――――――




結果、使いっ走りになったのは・・
コウと『富士原 フミコ』という1年生。


淡白な顔立ちと、小さく纏められた黒髪のお下げ・・
薄い桜色のカーディガンを羽織ったフミコの姿は
まさに素朴そのものである。




コウはこの買い出しに内心喜んでいた・・・。


何故なら、フミコはコウの部屋のもう一方のお隣さんなのだが・・

昨日引っ越しの挨拶に行った時や、花見の席での彼女の様子を見た限り、
奥手なのか、それとも回りと距離を置きたがるタイプなのか・・
どちらにしろ、挨拶より先のコミュニケーションをとるには
ある程度の状況が必要だと思っていたからであり

自然と2人っきりになれるこの機会は、
まさに打って付けそのものだったからだ・・・。






―――買い出しの道中。


 コウ「やっぱり夜は冷えるね〜」
そう言いながら、手を交差し、二の腕の辺りを摩る

 フミコ「そうですね・・」

 コウ「私この時期の夜の・・なんて言うのかな〜・・・・・
    冬から春になったって分かる感じの・・ほんのり湿った空気?
    これ好きなんだ〜・・」
 フミコ「それ、わかります。・・私も好きだから」

淡々とだが、コウの話に自分の意思も交えて答えるフミコ・・




―――他愛もない会話は、特に盛り上がる事もなく続く・・・。




だが、二人にとってこの時間は苦痛ではなかった。

楽しい・・・というのとは少し違う・・
あえて言うなら、“落ち着く”という感覚だろうか・・・。


今、お互いの中にある相手へのイメージは・・・・・




“何となく空気の合う人”




まさにそれである。

大した会話をしたわけでもないのに、何故か“相性の良さ”を感じる・・
そんな理屈ではない“感覚”が、今の2人には確実にあった。

もちろんそれが一方的な思い込みだという可能性もあるのだが・・・



 コウ「―――隣街・・並川街の河川敷もオススメかな」
 フミコ「河川敷ですか・・。
     私の実家は水辺が全然なかったので、ちょっと楽しみです」


会話の流れで偶然発覚した、お互いの趣味・・・

コウの『自転車でブラブラする』、フミコの『散歩』・・
この何とものどかで、大よそ女子高生らしくない2人の趣味は

お互いが感じていた“その感覚”を、確信に変えるには十分なものとなり・・・。



 フミコ「―――先輩・・・」
 コウ「ん?」
 フミコ「・・ジュース、重いですね」
 コウ「ハハ、そだね」

 フミコ「・・・・・でも、買い出しが3人じゃなくて良かったです」
 コウ「・・・うん」




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by: へろ
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